超微細構造におけるライトシフトの計算方法宇佐見大希2025年12月5日概要本稿では、原子物理学における角運動量の理論を基礎から解説し、それを用いて微細構造、超微細構造、ゼーマン効果、そしてライトシフト(ACシュタルク効果)といった現象を記述・計算する方法を詳述する。特に、球面テンソル演算子とWigner-Eckartの定理、6j記号などの高度な数学的ツールが、複雑な原子のエネルギー準位構造をいかにして明快に分析するかを示す。目次1角運動量 ........................................................................................... 11.1角運動量の合成: Clebsch-Gordan 係数 ........................................................ 21.2直交テンソル 🧱 ................................................................................ 31.3球面テンソル 🌐 ................................................................................ 41.3.11-rank 球面テンソル .................................................................... 41.3.22-rank 球面テンソル .................................................................... 51.4Wigner-Eckart の定理 ......................................................................... 51.5Wigner-6j 記号 ................................................................................ 62Fine Structure (微細構造) ......................................................................... 83Hyperfine Structure (超微細構造) ................................................................. 84Zeeman Shift (ゼーマンシフト) ................................................................... 95Light Shift (ライトシフト) ....................................................................... 101 角運動量原子の内部状態を記述する上で、角運動量は極めて重要な役割を果たします。原子には、電子の公転運動に由来する軌道角運動量 𝑳、電子自身の自転に対応するスピン角運動量 𝑺、そして原子核の持つ核スピン角運動量 𝑰 の主に3つの角運動量が存在します。これらの角運動量の性質を理解することが、原子のエネルギー準位構造を解明するための第一歩となります。1Definition 1.1: 角運動量演算子 𝐽𝑥,𝐽𝑦,𝐽𝑧 とは、回転群 𝑆𝑂(3) の生成子がなすリー代数 𝔰𝔬(3)の表現として定義される。 量子化軸を便宜的に 𝑧 軸に選ぶと、全角運動量の2乗演算子 𝑱2≔𝐽2𝑥+𝐽2𝑦+𝐽2𝑧 と 𝑧 成分 𝐽𝑧 は互いに交換するため、同時固有状態が存在する。この状態を角運動量量子数 𝑗,𝑚 を用いて |𝑗𝑚⟩ と表す。このとき、以下の関係式が成り立つ。𝑱2|𝑗𝑚⟩=𝑗(𝑗+1)ℎ2|𝑗𝑚⟩𝐽𝑧|𝑗𝑚⟩=𝑚ℎ|𝑗𝑚⟩𝐽±≔𝐽𝑥±𝑖𝐽𝑦𝐽±|𝑗𝑚⟩=ℎ√𝑗(𝑗+1)−𝑚(𝑚±1)|𝑗𝑚±1⟩ここで、𝐽± は昇降演算子と呼ばれる。量子数 𝑗 と 𝑚 には −𝑗≤𝑚≤𝑗 という関係があるため、固有状態の組 {|𝑗𝑚⟩}𝑗,−𝑗≤𝑚≤𝑗 は、ある 𝑗 に対応するヒルベルト空間 ℋ𝑗≔span({|𝑗𝑚⟩}𝑚) の完全正規直交基底をなす。慣例として、角運動量演算子そのものは大文字(例: 𝑱,𝐽𝑧)、その固有値に対応する量子数は小文字(例: 𝑗,𝑚)で表記します。1.1 角運動量の合成: Clebsch-Gordan 係数原子内部では、複数の角運動量が相互作用を及ぼし合います。例えば、電子のスピンと軌道角運動量が結合して全電子角運動量 𝑱=𝑳+𝑺 を形成したり、さらにそれが核スピンと結合して原子全体の全角運動量 𝑭=𝑱+𝑰 を形成します。これらの相互作用により、縮退していたエネルギー準位が分裂(微細構造、超微細構造)します。ここでは、これら角運動量の合成を統一的に扱う手法を述べます。2つの角運動量 𝑱1,𝑱2 を合成し、新しい角運動量 𝑱=𝑱1+𝑱2 を考えます。𝑱1 と 𝑱2 は互いに独立な空間で作用するため、交換関係 [𝐽1𝛼,𝐽2𝛽]=0 が成り立ちます。このとき、以下の性質が導かれます。1.𝑱21,𝑱22,𝐽1𝑧,𝐽2𝑧 は互いに交換可能な演算子の組である。その同時固有状態は、それぞれの固有状態のテンソル積 |𝑗1𝑚1;𝑗2𝑚2⟩≔|𝑗1𝑚1⟩|𝑗2𝑚2⟩∈ℋ𝑗1⊗ℋ𝑗2 で与えられる。これを非結合描像の状態と呼ぶ。2.𝑱21,𝑱22,𝑱2,𝐽𝑧 もまた、互いに交換可能な演算子の組である。その同時固有状態を |𝑗𝑚⟩=|𝑗1𝑗2;𝑗𝑚⟩∈ℋ𝑗 と書く。これを結合描像の状態と呼ぶ。3.内積 ⟨𝑗1𝑚1;𝑗2𝑚2|𝑗′1𝑗′2;𝑗𝑚⟩ は、𝑗1=𝑗′1, 𝑗2=𝑗′2 かつ 𝑚1+𝑚2=𝑚 の場合にのみ非ゼロの値を持つ。4.合成された 𝑱 もまた、角運動量の交換関係を満たす。結合描像の状態は非結合描像の状態の線形結合で表すことができ、その変換係数はユニタリ行列をなします。|𝑗𝑚⟩=∑𝑚1+𝑚2=𝑚|𝑗1𝑚1;𝑗2𝑚2⟩⟨𝑗1𝑚1;𝑗2𝑚2|𝑗𝑚⟩この変換係数 ⟨𝑗1𝑚1;𝑗2𝑚2|𝑗𝑚⟩ をClebsch-Gordan (クレブシュ-ゴルダン) 係数と呼びます。これは具体的に次のような複雑な式で与えられます。2⟨𝑗1𝑚1;𝑗2𝑚2|𝑗3𝑚3⟩=𝛿𝑚3,𝑚1+𝑚2√(𝑗1+𝑗2−𝑗3)!(𝑗1+𝑗3−𝑗2)!(𝑗2+𝑗3−𝑗1)!(𝑗1+𝑗2+𝑗3+1)!√(2𝑗3+1)(𝑗1+𝑚1)!(𝑗1−𝑚1)!(𝑗2+𝑚2)!(𝑗2−𝑚2)!(𝑗3+𝑚3)!(𝑗3−𝑚3)!∑𝑛max𝑛=𝑛min(−1)𝑛(𝑗1−𝑚1−𝑛)!(𝑗3−𝑗2+𝑚1+𝑛)!(𝑗2+𝑚2−𝑛)!(𝑗3−𝑗1−𝑚2+𝑛)!𝑛!(𝑗1+𝑗2−𝑗3−𝑛)!ただし、和の上限と下限は以下の通りです。𝑛min=max(𝑗2−𝑗3−𝑚1,𝑗1+𝑚2−𝑗3,0)𝑛max=min(𝑗1−𝑚1,𝑗2+𝑚2,𝑗1+𝑗2−𝑗3)この表現は非常に長いため、より対称性の高いWignerの3j記号を用いて簡潔に表すのが一般的です。⟨𝑗1𝑚1;𝑗2𝑚2|𝑗3,𝑚3⟩=(−1)𝑗1−𝑗2+𝑚3√2𝑗3+1(𝑗1𝑚1𝑗2𝑚2𝑗3−𝑚3)1.2 直交テンソル 🧱物理量をテンソルとして扱うことで、座標回転に対する変換則を明確にすることができます。特に2階のテンソル 𝑇𝜇𝜈 は、その対称性に基づいて既約テンソルに分解することができます。具体的には、回転に対して不変なスカラー(0階テンソル)、ベクトルのように変換する部分(1階テンソル、反対称部分)、そしてより複雑な変換をする2階対称トレースレス部分の和として表現されます。𝑇𝜇𝜈=13𝑇(0)𝛿𝜇𝜈+14𝑇(1)𝜎𝜀𝜎𝜇𝜈+𝑇(2)𝜇𝜈ここで、各既約成分は以下のように定義されます。 𝑇(0) はテンソルのトレース(対角和)であり、スカラー量(0階テンソル)です。𝑇(0)=𝑇𝜇𝜇𝑇(1)𝜎 はテンソルの反対称部分から作られるベクトル(1階テンソル)成分です。ここで 𝜀𝜎𝜇𝜈 は3次元のレヴィ=チヴィタ記号です。𝑇(1)𝜎=𝜀𝜎𝜇𝜈(𝑇𝜇𝜈−𝑇𝜈𝜇)𝑇(2)𝜇𝜈 は対称かつトレースが0である2階テンソル成分です。𝑇(𝜇𝜈) はテンソルの対称部分 𝑇𝜇𝜈+𝑇𝜈𝜇2 を表します。𝑇(2)𝜇𝜈=𝑇(𝜇𝜈)−13𝑇𝜎𝜎𝛿𝜇𝜈このように分解することで、物理的相互作用をその回転対称性に応じて分類し、体系的に扱うことが可能になります。31.3 球面テンソル 🌐角運動量の理論では、デカルト座標系に基づく直交テンソルよりも、回転に対して角運動量の固有状態と同様のシンプルな変換性を持つ球面テンソルを用いる方が遥かに便利です。Definition 1.3.1: ランク 𝑘 の球面テンソル演算子 𝑇(𝑘)𝑞 とは、𝑞=−𝑘,−𝑘+1,…,𝑘 の 2𝑘+1 個の成分を持つ演算子の組であり、角運動量演算子 𝐽𝑧,𝐽± との間に以下の交換関係を満たすものである。[𝐽±,𝑇(𝑘)𝑞]=ℎ√(𝑘∓𝑞)(𝑘±𝑞+1)𝑇(𝑘)𝑞±1[𝐽𝑧,𝑇(𝑘)𝑞]=𝑞ℎ𝑇(𝑘)𝑞この定義は、𝑇((𝑘)}𝑞 が角運動量状態 |𝑘𝑞⟩ と同じように回転することを示しています。例えば、軌道角運動量演算子 𝑳=𝒓×𝒑 の固有関数である球面調和関数 𝑌𝑙𝑚(𝜃,𝜑) は、ランク 𝑙 の球面テンソルの代表的な例です。𝑌𝑙,𝑚(𝜃,𝜑)=⟨𝜃𝜑|𝑙𝑚⟩球面テンソル演算子は、エルミート共役に関して以下の性質を満たします。(𝑇(𝑘)𝑞)†=(−1)𝑞𝑇(𝑘)−𝑞また、二つの球面テンソル 𝑇(𝑘1)𝑞1 と 𝑇(𝑘2)𝑞2 の積から、Clebsch-Gordan係数を用いて新しいランク 𝑘の球面テンソル 𝑇(𝑘)𝑞 を構成することができます。これは角運動量の合成則と全く同じ形式です。𝑇(𝑘)𝑞=∑𝑞1,𝑞2⟨𝑘1𝑞1;𝑘2𝑞2|𝑘𝑞⟩𝑇(𝑘1)𝑞1𝑇(𝑘2)𝑞2ベクトル 𝑨 を球面基底 𝒆𝑞 で展開すると以下のようになります。𝑨=∑𝑞(−1)𝑞𝐴𝑞𝒆−𝑞1.3.1 1-rank 球面テンソル通常の3次元ベクトル 𝑨=𝐴𝑥𝒆𝑥+𝐴𝑦𝒆𝑦+𝐴𝑧𝒆𝑧 は、ランク1の直交テンソルと見なせます。これをランク1の球面テンソルに変換するには、以下の対応関係を用います。𝒆0≔𝒆𝑧,𝒆±1≔−1√2(𝒆𝑥±𝑖𝒆𝑦)𝐴(1)0=𝐴𝑧,𝐴(1)±1=−1√2(𝐴𝑥±𝑖𝐴𝑦)この逆変換は 𝐴𝑥=−1√2(𝐴1−𝐴−1),𝐴𝑦=𝑖√2(𝐴1+𝐴−1),𝐴𝑧=𝐴0 となります。 球面基底を用いると、ベクトル 𝑨 は以下のように表現されます。𝑨=−𝐴−1𝒆1+𝐴0𝒆0−𝐴1𝒆−14同様に、位置ベクトル 𝒓 を球座標 (𝑟,𝜃,𝜑) で表し、球面テンソル成分に変換すると次のようになります。これは球面調和関数 𝑌𝑚1 に比例します。𝑟(1)0=𝑟cos𝜃,𝑟(1)±1=−𝑟√2sin𝜃𝑒±𝑖𝜑原子に外部から印加される磁場などは、この1-rank球面テンソルとして扱うことで、計算の見通しが良くなります。1.3.2 2-rank 球面テンソル次に、二つのベクトル 𝑨 と 𝑩 のテンソル積 𝑇𝛼𝛽=𝐴𝛼𝐵𝛽 で定義される2階テンソルを考えます。このテンソルから、角運動量の合成則に従ってランク 𝑘=0,1,2 の球面テンソル 𝑇(𝑘)𝑞 を構成することができます。これは、ベクトルの内積や外積といった馴染み深い量と関連付けられます。𝑇(0)0=−1√3(𝐴0𝐵0−𝐴1𝐵−1−𝐴−1𝐵1)=−1√3(𝑨⋅𝑩)𝑇(1)0=1√2(𝐴0𝐵1−𝐴1𝐵0+𝐴−1𝐵0−𝐴0𝐵−1)=𝑖√2(𝑨×𝑩)𝑧𝑇(1)±1=𝐴0𝐵±1−𝐴±1𝐵0=𝑖√2(𝑨×𝑩)±1𝑇(2)0=1√6(2𝐴0𝐵0+𝐴1𝐵−1+𝐴−1𝐵1)=1√6(3𝐴𝑧𝐵𝑧−𝑨⋅𝑩)𝑇(2)±1=𝐴0𝐵±1+𝐴±1𝐵0=−12((𝐴𝑥𝐵𝑧+𝐴𝑧𝐵𝑥)±𝑖(𝐴𝑦𝐵𝑧+𝐴𝑧𝐵𝑦))𝑇(2)±2=𝐴±1𝐵±1=12((𝐴𝑥𝐵𝑥−𝐴𝑦𝐵𝑦)±𝑖(𝐴𝑥𝐵𝑦+𝐴𝑦𝐵𝑥))このように、2つのベクトルから作られる2階テンソルは、スカラー(0階)、ベクトル(1階、擬ベクトル)、そしてトレースレス対称テンソル(2階)の3つの既約な部分に分解されることがわかります。1.4 Wigner-Eckart の定理Wigner-Eckartの定理は、球面テンソル演算子の行列要素を計算する上で最も強力なツールの一つです。この定理により、行列要素を、系の物理的な性質に依存する部分(換算行列要素)と、座標系の取り方や向きといった幾何学的な性質に依存する部分(Clebsch-Gordan係数)とに分離することができます。これにより、計算が大幅に簡略化され、物理的な見通しが良くなります。5Theorem 1.4.1 (Wigner-Eckart の定理): 角運動量の固有状態 |𝛼𝑗𝑚⟩ と |𝛼′𝑗′𝑚′⟩ の間での球面テンソル演算子 𝑇(𝑘)𝑞 の行列要素は、以下のように書ける。⟨𝛼𝑗𝑚|𝑇(𝑘)𝑞|𝛼′𝑗′𝑚′⟩=⟨𝑗′𝑚′𝑘𝑞|𝑗𝑚⟩√2𝑗+1⟨𝛼𝑗‖𝑻(𝑘)‖𝛼′𝑗′⟩ここで、⟨𝛼𝑗‖𝑻(𝑘)‖𝛼′𝑗′⟩ が換算行列要素(reduced matrix element)と呼ばれる量で、磁気量子数 𝑚,𝑚′,𝑞 には依存しない。𝛼,𝛼′ は、𝑗,𝑚 以外の量子数(主量子数など)を表す。Clebsch-Gordan係数の定義には複数の流儀があるため、係数の形は教科書によって異なる場合があるが、本質は同じである。Proof: 状態 𝑇(𝑘)𝑞|𝛼′𝑗′𝑚′⟩ は、角運動量の合成則により、様々な角運動量状態の重ね合わせとして表現できる。𝑇(𝑘)𝑞|𝛼′𝑗′𝑚′⟩=∑𝑗″𝑚″|𝛼″𝑗″𝑚″⟩⟨𝛼″𝑗″𝑚″|𝑇(𝑘)𝑞|𝛼′𝑗′𝑚′⟩一方、Wigner-Eckartの定理が成立すると仮定すると、𝑇(𝑘)𝑞|𝛼′𝑗′𝑚′⟩=∑𝑗|̃𝛼𝑗,𝑚′+𝑞⟩⟨𝑗′𝑚′𝑘𝑞|𝑗|𝑚′+𝑞⟩𝐶(𝛼,𝑗,𝛼′,𝑗′,𝑘)のように、磁気量子数に関する部分はClebsch-Gordan係数で完全に記述される。この両辺に⟨𝛼𝑗𝑚| をかけると定理の式が得られる。換算行列要素は、この関係式を満たすように定義される係数である。⟨𝛼𝑗‖𝑻(𝑘)‖𝛼′𝑗′⟩≔√2𝑗+1𝐶(𝛼,𝑗,𝛼′,𝑗′,𝑘)∎1.5 Wigner-6j 記号3つの角運動量 𝑱1,𝑱2,𝑱3 を合成する場合を考えます。合成の順番は任意ですが、どの順番で合成しても最終的な状態空間は同じになります。例えば、まず 𝑱1 と 𝑱2 を合成して 𝑱12 を作り、次に 𝑱3 と合成して全角運動量 𝑱 を作る方法と、先に 𝑱2 と 𝑱3 を合成して 𝑱23 を作り、次に 𝑱1 と合成する方法が考えられます。(𝑱1+𝑱2)+𝑱3=𝑱1+(𝑱2+𝑱3)これらの異なる合成順序(結合スキーム)で得られた基底同士は、ユニタリ変換で結ばれています。|(𝑗1𝑗2)𝑗12𝑗3;𝑗𝑚⟩=∑𝑗23|𝑗1(𝑗2𝑗3)𝑗23;𝑗𝑚⟩⟨( sequence( attach(base: [j], b: [1]), [ ], lr( body: sequence( [(], attach(base: [j], b: [2]), [ ], attach(base: [j], b: [3]), [)], ), ), attach(base: [j], b: [23]), ),)|( sequence([j], [ ], [m]), sequence( lr( body: sequence( [(], attach(base: [j], b: [1]), [ ], attach(base: [j], b: [2]), [)], ), ), attach(base: [j], b: [12]), [ ], attach(base: [j], b: [3]), ),)|(sequence([j], [ ], [m]),)⟩この基底変換の係数は、Clebsch-Gordan係数の積の複雑な和で表されますが、これを簡潔にまとめたものがWignerの6j記号です。6⟨( sequence( attach(base: [j], b: [1]), [ ], lr( body: sequence( [(], attach(base: [j], b: [2]), [ ], attach(base: [j], b: [3]), [)], ), ), [ ], attach(base: [j], b: [23]), ),)|( sequence([j], [ ], [m]), sequence( lr( body: sequence( [(], attach(base: [j], b: [1]), [ ], attach(base: [j], b: [2]), [)], ), ), attach(base: [j], b: [12]), [ ], attach(base: [j], b: [3]), ),)|(sequence([j], [ ], [m]),)⟩≕(−1)𝑗1+𝑗2+𝑗3+𝑗√(2𝑗12+1)(2𝑗23+1){𝑗1𝑗3𝑗2𝑗𝑗12𝑗23}6j記号は、𝑚 量子数に依存せず、6つの角運動量量子数のみで決まります。これは、異なる結合スキーム間の幾何学的な関係を記述するものです。この6j記号を用いると、複合系における換算行列要素を、部分系の換算行列要素を用いて計算するための強力な公式を導くことができます。Theorem 1.5.1: 複合系 𝑱=𝑱1+𝑱2 において、演算子 𝑻(𝑘) が部分系1にのみ作用する場合、その換算行列要素は以下のように計算できる。⟨( sequence( attach(base: [j], b: [1]), [ ], attach(base: [j], b: [2]), ),)‖( [j], attach( base: styled(child: [T], ..), t: lr(body: sequence([(], [k], [)])), ), sequence( attach( base: attach(base: [j], b: [1], tr: primes(count: 1)), ), [ ], attach( base: attach(base: [j], b: [2], tr: primes(count: 1)), ), ),)‖(attach(base: [j], tr: primes(count: 1)),)⟩=𝛿𝑗2𝑗′2(−1)𝑗1+𝑗2+𝑗′+𝑘√(2𝑗+1)(2𝑗′+1){𝑗1𝑗′𝑗𝑗′1𝑗2𝑘}⟨𝑗1‖𝑻(𝑘)‖𝑗′1⟩同様に、演算子 𝑼(𝑘) が部分系2にのみ作用する場合は以下のようになる。⟨( sequence( attach(base: [j], b: [1]), [ ], attach(base: [j], b: [2]), ),)‖( [j], attach( base: styled(child: [U], ..), t: lr(body: sequence([(], [k], [)])), ), sequence( attach( base: attach(base: [j], b: [1], tr: primes(count: 1)), ), [ ], attach( base: attach(base: [j], b: [2], tr: primes(count: 1)), ), ),)‖(attach(base: [j], tr: primes(count: 1)),)⟩=𝛿𝑗1𝑗′1(−1)𝑗1+𝑗2+𝑗+𝑘√(2𝑗+1)(2𝑗′+1){𝑗2𝑗′𝑗𝑗′2𝑗1𝑘}⟨𝑗2‖𝑼(𝑘)‖𝑗′2⟩Proof: この定理の証明は、Wigner-Eckartの定理とClebsch-Gordan係数の代数的な性質、特に3j記号の直交性を利用して行われる。ここでは詳細な導出は省略するが、基本的なアイデアは、複合系の行列要素を非結合基底で展開し、Wigner-Eckartの定理を適用した後、再び結合基底に戻すという操作を行うことである。その過程で現れる3j記号の和が、6j記号にまとめられる。 例えば、第一の式を導出するには、左辺の換算行列要素を定義に従って行列要素の和で書き下し、各状態を非結合基底で展開する。⟨𝑗‖𝑇(𝑘)‖𝑗′⟩(2𝑗+1)−12=∑𝑚,𝑞⟨𝑗′𝑚′|𝑘𝑞|𝑗𝑚⟩⟨𝑗𝑚|𝑇(𝑘)𝑞|𝑗′𝑚′|𝑗𝑚|𝑇(𝑘)𝑞|𝑗′𝑚′⟩\=∑…⟨𝑗1𝑚1|𝑗2𝑚2|𝑗𝑚⟩…⟨𝑗1′𝑚1′|𝑇(𝑘)𝑞|𝑗1𝑚1|𝑗1′𝑚1′|𝑇(𝑘)𝑞|𝑗1𝑚1⟩…このように展開し、3j記号の公式を適用していくと、最終的に右辺の形に整理される。∎その他、頻繁に利用される有用な公式を以下に示す。⟨𝐽′‖𝑇(𝑘)‖𝐽⟩=(−1)𝐽−𝐽′+𝑘(𝑘+1)√2𝐽+12𝐽′+1⟨𝐽‖(𝑇(𝑘))†‖𝐽′⟩∗⟨𝑗𝑚|𝑻(𝑘)⋅𝑼(𝑘)|𝑗′𝑚′⟩=𝛿𝑚𝑚′𝛿𝑗𝑗′12𝑗+1∑𝑗″(−1)𝑗−𝑗″⟨𝑗‖𝑇(𝑘)‖𝑗″⟩⟨𝑗″‖𝑈(𝑘)‖𝑗⟩=𝛿𝑚𝑚′𝛿𝑗𝑗′(−1)𝑗1+𝑗2+𝑗{𝑗𝑘𝑗2𝑗1𝑗1𝑗2}⟨𝑗1‖𝑇(𝑘)‖𝑗′1⟩⟨𝑗2‖𝑈(𝑘)‖𝑗′2⟩⟨𝑗‖{𝑻(𝑘1)tensor𝑼(𝑘2)}(𝑘)‖𝑗′⟩=√2𝑘+1∑𝑗″(−1)𝑗+𝑗′+𝑘{𝑗𝑘2𝑗′𝑘1𝑘𝑗″}⟨𝑗‖𝑻(𝑘1)‖𝑗″⟩⟨𝑗″‖𝑼(𝑘2)‖𝑗′⟩∑𝑗(2𝑗+1)(𝑗1𝑚1𝑗2𝑚2𝑗𝑚)(𝑗1𝑚′1𝑗2𝑚′2𝑗𝑚)=𝛿𝑚1𝑚′1𝛿𝑚2𝑚′272 Fine Structure (微細構造)原子のエネルギー準位を大まかに見ると、主量子数 𝑛 と軌道角運動量量子数 𝐿 で決まるが、より詳しく観測すると、これらの準位がさらに僅かに分裂していることがわかる。これを微細構造と呼ぶ。これは相対論的効果の一種であり、主に電子の全スピン角運動量 𝑺 と全軌道角運動量 𝑳 との間のスピン-軌道相互作用に起因する。この相互作用ハミルトニアンは以下のように表される。𝐻fs=𝜉(𝑟)𝑳⋅𝑺ここで、𝜉(𝑟) は動径に依存する関数で、スピン-軌道相互作用の強さを決定する。全電子角運動量 𝑱=𝑳+𝑺 を導入すると、内積 𝑳⋅𝑺 は次のように書き換えられる。𝑳⋅𝑺=12(𝑱2−𝑳2−𝑺2)このハミルトニアンは 𝑱2,𝑳2,𝑺2 と交換するため、𝐽,𝐿,𝑆 は良い量子数となる。その結果、エネルギーシフトは 𝐽(𝐽+1)−𝐿(𝐿+1)−𝑆(𝑆+1) に比例し、同じ 𝐿,𝑆 を持つ準位が 𝐽 の値に応じて分裂する。3 Hyperfine Structure (超微細構造)微細構造よりもさらに精密にエネルギースペクトルを観測すると、準位がさらに微小に分裂していることがわかる。これを超微細構造と呼び、原子核の性質、特に核スピン 𝑰 と電子状態との相互作用に起因する。 主な相互作用は、原子核の磁気双極子モーメントと電子が作る磁場との相互作用、および原子核の電気四重極モーメントと原子内の電場勾配との相互作用である。これらの相互作用を含む超微細構造ハミルトニアン 𝐻hfs は、電子に作用するランク 𝑘 の球面テンソル演算子 𝑇(𝑘)𝑒 と、原子核に作用する同様の演算子 𝑇(𝑘)𝑛 のスカラー積の和として一般的にモデル化できる。𝐻hfs=∑𝑘𝑇(𝑘)𝑒⋅𝑇(𝑘)𝑛ここで、𝑘=1が磁気双極子、𝑘=2が電気四重極、𝑘=3が磁気八極子相互作用に対応する。𝑘=0 の単極子項は、通常、中心力ポテンシャルの一部として扱われる。 超微細構造を考える際には、電子の全角運動量 𝑱 と核スピン 𝑰 を合成した原子全体の全角運動量 𝑭=𝑱+𝑰 が重要になる。状態を |𝐽𝐼𝐹𝑚𝐹⟩と表し、この基底でハミルトニアン 𝐻hfs の対角成分、すなわちエネルギー補正を計算する。Wigner-Eckartの定理と6j記号の公式を用いると、計算は劇的に簡単になる。𝐸hfs=⟨𝐽𝐼𝐹|𝐻hfs|𝐽𝐼𝐹⟩=∑𝑘⟨𝐽𝐼𝐹|𝑇(𝑘)𝑒⋅𝑇(𝑘)𝑛|𝐽𝐼𝐹⟩\=∑𝑘(−1)𝐼+𝐽+𝐹{𝐽𝑘𝐼𝐼𝐹𝐽}⟨𝐽‖𝑇(𝑘)𝑒‖𝐽⟩⟨𝐼‖𝑇(𝑘)𝑛‖𝐼⟩ここで、電子部分と原子核部分の換算行列要素は、それぞれの空間における最も量子数の大きい状態(stretched state)の行列要素と関連付けられることが多い。⟨𝐽‖𝑇(𝑘)𝑒‖𝐽⟩∝⟨𝐽|𝐽|𝑇(𝑘)𝑒,0|𝐽|𝐽⟩8慣例的に、超微細構造定数 𝐴hfs,𝐵hfs,𝐶hfs を用いてエネルギーシフトを表す。これらは上記の換算行列要素の積に相当する。𝐴𝑘≔⟨𝐽‖𝑇(𝑘)𝑒‖𝐽⟩⟨𝐼‖𝑇(𝑘)𝑛‖𝐼⟩具体的には、𝑘=1 の磁気双極子相互作用、𝑘=2 の電気四重極相互作用、𝑘=3 の磁気八極子相互作用は、それぞれ超微細構造定数 𝐴hfs,𝐵hfs,𝐶hfs と関連付けられる。𝐴1∝𝐴hfs𝐴2∝𝐵hfs𝐴3∝𝐶hfs𝐾≔𝐹(𝐹+1)−𝐽(𝐽+1)−𝐼(𝐼+1) という量を導入すると、超微細構造によるエネルギーシフトは、𝐹 の値に応じて以下のように具体的に書き下せる。𝐸hfs=𝐴hfs𝐾2+𝐵hfs3(𝐾2)2+32𝐾−𝐼(𝐼+1)𝐽(𝐽+1)2𝐼(2𝐼−1)𝐽(2𝐽−1)+𝐶hfs∗(…)通常は第2項までで十分な精度が得られる。4 Zeeman Shift (ゼーマンシフト)外部から静磁場 𝑩 をかけると、原子のエネルギー準位が磁場の強さに応じて分裂する。この現象をゼーマン効果といい、そのエネルギーシフトをゼーマンシフトと呼ぶ。この相互作用は、電子の磁気モーメント 𝝁𝐽 と原子核の磁気モーメント 𝝁𝐼 の両方が、外部磁場と相互作用することによって生じる。ハミルトニアン 𝐻𝐵 は以下のように表される。𝐻𝐵=−(𝝁𝐽+𝝁𝐼)⋅𝑩\=𝜇𝐵ℎ(𝑔𝐽𝑱+𝑔𝐼𝑰)⋅𝑩ここで、𝜇𝐵 はボーア磁子、𝑔𝐽 は電子のランデのg因子、𝑔𝐼 は核のg因子である。このハミルトニアンを行列表示するために、角運動量演算子と磁場ベクトルを1-rankの球面テンソル形式で表すと便利である。𝐻𝐵=𝜇𝐵ℎ(𝑔𝐽𝑱(1)+𝑔𝐼𝑰(1))⋅𝑩(1)=𝜇𝐵ℎ∑𝑞(−1)𝑞(𝑔𝐽𝐽(1)𝑞+𝑔𝐼𝐼(1)𝑞)𝐵(1)−𝑞これを用いて、超微細構造状態 |𝐹𝑚𝐹⟩ を基底としたハミルトニアンの行列要素 ⟨𝐹𝑚𝐹|𝐻𝐵|𝐹′𝑚′𝐹⟩を計算する。⟨𝐹𝑚𝐹|𝐻𝐵|𝐹′𝑚′𝐹⟩=𝜇𝐵ℎ∑𝑞(−1)𝑞𝐵(1)−𝑞⟨𝐹𝑚𝐹|𝑔𝐽𝐽((1)}𝑞+𝑔𝐼𝐼((1)}𝑞|𝐹′𝑚′𝐹⟩ここで、角運動量演算子の行列要素はWigner-Eckartの定理を用いて、幾何学的な部分と物理的な部分に分離できる。⟨𝐹𝑚𝐹|𝐽((1)}𝑞|𝐹′𝑚′𝐹⟩=⟨𝐹′𝑚′|1𝑞|𝐹𝑚𝐹⟩√2𝐹+1⟨𝐹‖𝑱((1)}‖𝐹′⟩9さらに、複合系の換算行列要素 ⟨𝐹‖𝑱((1)}‖𝐹′⟩ は、6j記号を用いて部分系の換算行列要素で表すことができる。⟨𝐹‖𝑱((1)}‖𝐹′⟩=𝛿𝐼𝐼′(−1)𝐽+𝐼+𝐹′+1√(2𝐹+1)(2𝐹′+1){𝐽𝐹′𝐹𝐽𝐼1}⟨𝐽‖𝑱((1)}‖𝐽⟩基本的な角運動量演算子の換算行列要素はよく知られている。⟨𝐽‖𝑱((1)}‖𝐽⟩=√𝐽(𝐽+1)(2𝐽+1)これらの関係式を組み合わせることで、ゼーマンハミルトニアンの行列要素が、量子数と基本物理定数、そして6j記号を用いて完全に計算できる。⟨𝐹𝑚𝐹|𝐻𝐵|𝐹′𝑚′𝐹⟩=𝜇𝐵𝐵𝑧(−1)𝑚𝐹√(2𝐹+1)(2𝐹′+1)(𝐹−𝑚𝐹10𝐹′𝑚𝐹)\×[𝑔𝐽(−1)𝐽+𝐼+𝐹′+1√𝐽(𝐽+1)(2𝐽+1){𝐽𝐹′𝐹𝐽𝐼1}+𝑔𝐼(−1)𝐽+𝐼+𝐹+1√𝐼(𝐼+1)(2𝐼+1){𝐼𝐹′𝐹𝐼𝐽1}]特に、磁場が弱い領域での対角成分(エネルギーシフト)は、次のように簡潔な形で表される。𝐸𝑍=⟨𝐹𝑚𝐹|𝐻𝐵|𝐹𝑚𝐹⟩=𝜇𝐵𝑔𝐹𝑚𝐹𝐵𝑧ここで、𝑔𝐹 は合成系のランデのg因子であり、次のように定義される。𝑔𝐹≔𝑔𝐽𝐹(𝐹+1)+𝐽(𝐽+1)−𝐼(𝐼+1)2𝐹(𝐹+1)+𝑔𝐼𝐹(𝐹+1)+𝐼(𝐼+1)−𝐽(𝐽+1)2𝐹(𝐹+1)5 Light Shift (ライトシフト)ライトシフト(またはACシュタルク効果)は、原子が非共鳴な光電場にさらされたときに生じるエネルギー準位のシフトである。この相互作用は、原子の電気双極子モーメント 𝒅=−𝑒∑𝑖𝒓𝑖 と光の電場 𝑬 との相互作用ハミルトニアン 𝐻AF で記述される。𝐻AF=−𝒅⋅𝑬この相互作用によるエネルギーシフト Δ𝐸𝛼 は、2次摂動論を用いて計算できる。Δ𝐸𝛼=∑𝛽|⟨𝛼|𝐻AF|𝛽⟩|2𝐸𝛼−𝐸𝛽−ℎ𝜔+∑𝛽|⟨𝛼|𝐻AF|𝛽⟩|2𝐸𝛼−𝐸𝛽+ℎ𝜔通常、電気双極子モーメント演算子 𝒅 は奇パリティを持つため、同じパリティの状態間の行列要素⟨𝛼|𝐻AF|𝛼⟩ (1次の摂動項)はゼロになる。したがって、エネルギーシフトは主に2次の摂動項で与えられる。 この2次の摂動項を、有効ハミルトニアン 𝐻Stark の行列要素として扱うことができる。⟨𝛼|𝐻Stark|𝛼′⟩=−12ℎ∑𝛽⟨𝛼|𝒅⋅𝑬|𝛽|𝛼|𝒅⋅𝑬|𝛽⟩⟨𝛽|𝒅⋅𝑬|𝛼′|𝛽|𝒅⋅𝑬|𝛼′⟩𝜔𝛽−𝜔𝛼−𝜔+…10このハミルトニアンは、スカラー、ベクトル、テンソルの3つの部分に分解でき、それぞれがライトシフトの異なる性質を記述する。𝐻Stark=−12𝛼𝑖𝑘𝐸∗𝑖𝐸𝑘ここで、𝛼𝑖𝑘 は原子の分極率テンソルである。これを既約球面テンソルに分解すると、ライトシフトは以下のようにスカラー(𝑘=0)、ベクトル(𝑘=1)、テンソル(𝑘=2)の3つの部分の和で表される。Δ𝐸(𝐹,𝑚𝐹)=−12(𝛼0|𝐸|2+𝛼1(𝑖(𝑬×𝑬∗))𝑧|𝐸|2(𝑚𝐹𝐹)+𝛼23|𝐸𝑧|2−|𝐸|2|𝐸|23𝑚2𝐹−𝐹(𝐹+1)𝐹(2𝐹−1))各分極率は、換算行列要素と6j記号を用いて計算される。𝑇(𝑘)𝑞=∑𝑚′𝐹,𝑚″𝐹⟨𝐹𝑚𝐹|𝑑𝜇|𝐹′𝑚′𝐹⟩⟨𝐹′𝑚′𝐹|𝑑𝜈|𝐹𝑚″𝐹⟩∝(−1)𝐹+𝐹′√(2𝐹+1)(2𝑘+1){1𝐹1𝐹𝑘𝐹′}|⟨𝐹‖𝒅‖𝐹′⟩|2⟨𝐹𝑚𝐹|𝐹𝑚″𝐹;𝑘𝑞⟩ライトシフトの計算は、これら原子の応答(テンソル𝑇{(𝑘)}𝑞)と、光の電場と偏光状態(テンソル𝑈{(𝑘)}𝑞)の積を計算することに帰着する。電場テンソル𝑈{(𝑘)}𝑞は、光の強度、伝播方向、偏光状態によって決まる。 光が 𝑥𝑧 平面内を 𝑧 軸から角度 𝜃 をなして進行しているとすると、電場の球面テンソル成分は以下のようになる。𝐸0=−𝐸(𝑝𝑥sin𝜃+𝑝𝑧cos𝜃)𝐸±1=−𝐸√2(∓𝑝𝑥cos𝜃−𝑖𝑝𝑦±𝑝𝑧sin𝜃)これらを用いて電場の2次テンソル 𝑈(𝑘)𝑞 を計算し、原子の応答テンソル 𝑇(𝑘)𝑞 と組み合わせることで、最終的なエネルギーシフトが得られる。 例えば、𝑧軸方向に伝播する直線偏光(𝜋偏光、𝜃=𝜋2,𝑝𝑥=1)や円偏光(𝜎±偏光、𝜃=𝜋2,𝑝𝑥=1√2,𝑝𝑦=±𝑖√2)など、具体的な状況下でのライトシフトを計算できる。𝑉(𝑘,𝑞)=−∑𝐹′𝜔𝐹′𝐹ℎ(𝜔2𝐹′𝐹−𝜔2)∑𝑞(−1)𝑞𝑇(𝑘)𝑞𝑈(𝑘)−𝑞 とおくと、各成分は以下のように計算される。スカラー、ベクトル、テンソル分極率は、これらの計算結果をまとめることで、以下のように定義される。𝛼0(𝐹;𝜔)=−23ℎ∑𝐹′𝜔𝐹′𝐹|⟨𝐹‖𝑑‖𝐹′⟩|2𝜔2𝐹′𝐹−𝜔2𝛼1(𝐹;𝜔)=−√6𝐹(𝐹+1)(2𝐹+1)∑𝐹′(−1)𝐹+𝐹′+1(2ℎ){𝐹1𝐹11𝐹′}𝜔𝐹′𝐹|⟨𝐹‖𝑑‖𝐹′⟩|2𝜔2𝐹′𝐹−𝜔2𝛼2(𝐹;𝜔)=−√2𝐹(2𝐹−1)(𝐹+1)(2𝐹+3)(2𝐹+1)∑𝐹′(−1)𝐹+𝐹′(2ℎ){𝐹1𝐹12𝐹′}𝜔𝐹′𝐹|⟨𝐹‖𝑑‖𝐹′⟩|2ℎ(𝜔2𝐹′𝐹−𝜔2)11これらの分極率を求めることで、任意の偏光、任意の方向の光に対するエネルギーシフトを体系的に評価することが可能になる。これは、原子時計や量子計算など、精密な量子状態制御が求められる分野で極めて重要である。図 1: 様々な条件下でのエネルギー準位シフトの計算例。図 2: 偏光と磁場方向によるエネルギー準位の変化。12